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03 after holiday

「月島が外出してる……」

 街を歩く俺らを見つけたときの、水瀬の第一声だった。

after holiday

 

 例の四校合同文化祭が終わり、その後行われた打ち上げ、の、二次会のカラオケで、歌わされまくった我らがボーカル月島踏夜は、案の定というかなんというか、とにかく曲数が祟ったらしく、見事喉を潰した。主に巡璃さんを中心とする先輩の圧力に屈してだったのだが、さりげなくそこにうちの伊集院どもが加わっていたりしたので、さすがに申し訳ないと思って、後日俺はのど飴などを買い占めて月島宅を訪れた。

 チャイムを鳴らすも返答はなく、そういえば巡璃さんと来たときもこんな感じだったとふと思い出した。あのときは確か、……強行突破、したけど。

 いやいや、と俺は頭を振り、ノブを捻る。開いていた。相変わらず無用心な。俺は苦笑しながら、中に向かって呼び掛けた。

「月島ー、いるかー? 入るぜー?」

「……は、え、篠崎……?」

 一応断ってから部屋に上がれば、彼は何度も瞬いてこちらを見ていた。まあそりゃ、そうなるかと俺はのど飴で膨らんだドラッグストアのビニール袋を掲げる。

「よ。喉、大丈夫か?」

「……お前結構マジでなにしに来たわけ」

 ひたすら理解出来ないと言うように言う月島にいくつかのど飴を取り出しながら、好み分かんなくって、と呟く。しかし聞いた限り、もうほとんど声も戻って来ているようだった。

「あ、そうだ飲み物も買ってきた。コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「……紅茶。ブラックコーヒーって喉に悪いって知ってたか」

「え、」

 俺はぎょっとして手の中のスチール缶を見やった。喉の見舞いに来てるのに喉に悪いもの渡そうとするってどうなんだよ自分。月島は息を吐いた。

「つか、お前わざわざそんなの持ってきたのか」

「え、ああ。うちの伊集院どもが迷惑かけたし」

「……ほんとお人好しだな。昴の素質あるぞ絶対」

 月島は袋の中から一種類ののど飴を選り抜いて遠慮なく封を切る。ハーブとかがブレンドされた、いかにも喉に良さそうなレーベル。やっぱりか。飴玉を口の中に放り込んでから、彼はこちらを見る。

「……んで?」

「は?」

「用は済んだろ。それとも他にもなんかあんの」

 心底面倒そうに彼は眉を寄せる。いや、ぶっちゃけその通りで別に他の用があると言うわけでもなくて。俺はあー、と零しながら視線を彷徨わせ、ギターに目を止めた。そうだ、そもそも月島と俺との共通点なんてそう大して多くない、例えば、バンドやってた、とか。

「月島!」

「あ?」

「楽器見に行こう!」

 言って、彼が目を丸くして、自分でも思った。ギター、バンド、から楽器、って、連想ゲームにすらなってないだろ。しかしまぁ、言ってしまったものは仕方がない。今にも拒否を口にしそうな月島の腕を引き、強引に外に連れ出した。

 

「あっ、篠崎ー! こないだの試合サンキュな、助っ人!」

「おー、勝てなくて悪かったな」

「篠崎、1500円また今度返すわー」

「おまっ、これ以上は利子付けるぞ!」

「あ、七雲じゃーん、文化祭のライブ見たよー」

「え、先輩いたんすか!?」

「……篠崎、お前、顔広いな……」

 月島が疲れ切った様子で呟いた。俺は先輩に手を軽く振り返しながら彼を見て、苦笑する。

「月島、運動不足」

「ちげーしうるせぇし。つか話題すり替えんなよ」

 月島はボーカルの肺活量を以て思い切りため息を吐く。相変わらず面倒そうな素振りは、まあ割と頻繁に見受けられるけど、それでも最初ほど拒否されているような雰囲気はない。なんだかんだで仲良くなれている。

「どっか入るか、ファストフードとか」

「いい……濃いもん食いたくねぇ……」

「ほんとに高校生男子の台詞かよそれ」

 せっかく連れ出したのだし無理やりにもハンバーガー食わせてやろうと俺は意気込んで、周辺だとどこが近いかと思案する。と。

「七雲ー! 月島くーん!」

 名を呼ぶ声に、俺の思考が停止した。え、だって、今の声は。隣で月島がげ、と呻く。多分、知り合いに会ってしまった、っていう反応なんだろう。ということは。

 俺は慌てて振り返って視線を走らせる。そうして見つけたのは、オープンカフェのテラスから手を振る、俺の目下絶賛片想い中の相手、久賀六華であって。単純な俺の心臓は思い切り高鳴る。正面の席には水瀬もいた。月島が呻いたのは彼女のせいか、と理解しつつ、俺はそそくさと逃げようとする月島を引っ掴んで久賀に手を振り返した。

「止めろ篠崎、俺は帰る!」

「いいや付き合ってくれ。俺文化祭で久賀と全然進展なかったんだよ、もう終わってかなり経つんだ良いだろ、良いよな!?」

「は、いや知らね、つか離せ服伸びるだろ!」

「一緒に来てくれよ、女子二人に男子一人はメンタル的にきついんだよ!」

「お前自分の所属する生徒会の男女比思い出せよ……!」

「頼むって、友達だろ!?」

「じゃあ友達止めるっつの!」

 あ、ということは今現在俺は月島に友達認定されているのか。場違いに感動しつつ、月島をカフェに連れ込み、久賀と水瀬の席へ向かう。久賀は俺たちを見つけて、あ、来た来た、なんて言いながらよそから椅子を借りてきてくれる。あ、久賀私服可愛い。髪型もなんかいつもと違うし、あーちくしょう可愛いな!

 完全に一人の世界に入りかけた俺を月島がひっぱたいて連れ戻してくれる。目が据わっている。うわめちゃくちゃ不機嫌じゃん、マジで友達止められそう。とりあえず礼と詫びを兼ねて手を合わせて笑っておく。

 一連のやりとりを見ていた水瀬が、ほんの少しびっくりしたような顔で、心底意外そうに言った。

「月島が外出してる……?」

「なんで疑問形なんだよ」

 月島は不満たらたらといった様子で、久賀が運んできた椅子に腰掛ける。彼にその気があったかどうかは分からないが、さりげなく久賀の隣を俺に譲ってくれてたりして、月島グッジョブ。

「偶然だねー、今わたしたちも映画観た帰りでさー。あ、二人もなにか頼む?」

 久賀が言いながらメニューを手渡してくれる。割と生徒会の仕事でも同じような仕草はあるけど、こう、完全にオフのときだとなんか、また違った雰囲気で、ああもうなんでそんな可愛いんだよ!

 八つ当たり気味な思考を遮るように、両足を踏まれた。右を月島、左を水瀬に。水瀬は俺の足を踏んだのが嘘なんじゃないかと思えるくらいに静かな顔でコーヒーに口を付けていたけれど、月島は俺に口パクで「顔怖い」と伝えてきた。水瀬の態度もそれを肯定しているようで、俺は思わず顔を引きつらせた。

「ここはね、ケーキが美味しいって教えてもらったカフェでね。想羅ちゃんはモンブランでわたしミルフィーユ頼んだんだけど、どっちも美味しくてー」

 無言のやりとりが繰り広げられる間も久賀はマイペースに説明を続けてくれる。辛うじて相づちを返しつつ、俺は慌ててメニューに目を走らせた。

「あ、けど男の子ってあんまり甘いものとか好きじゃなかったりするのかな」

「えっ、いや平気! 俺は全然平気! 俺じゃあこのロールケーキにするし、月島は!?」

「……いらね。水だけでいい」

 いやそれは失礼だろ、と俺はロールケーキと紅茶二つを注文する。もう同じ失敗はするまい。月島が軽く舌打ちしたの聞こえたけど、誤魔化すようにさっさと話題を変える。

「二人はさ、なんの映画観てきたんだ?」

「ん、っとねー、ドキュメンタリーとSFと悩んで、SF。ハリウッドの倒錯日本感が面白そうで」

 言いながら、久賀はパンフレットを見せてくれる。つい最近日本で公開されたばかりの作品だった。女子二人で、SF。なんというか、意外だ。

「さすがアクションが良かったよ。まあ刀の扱いは無茶苦茶だったけどあれくらい動けたら楽しい」

「……水瀬は、動けるだろ」

「動けるけど」

 月島に水瀬があっさりと返す。ハリウッド俳優並みに動けると豪語するとは、なんたる自信だろう。絶対水瀬だけは怒らせてはいけない気がする。

「二人はなにしてたわけ? どうせ七雲が月島連れ出したんでしょ?」

「あー……まあ、用はないけど、無計画に街をぶらぶらするのは男の特権っていうか習性っていうか……」

「てめ篠崎、楽器どこ行ったんだよ!?」

 月島が食ってかかってくる。いやだって実際楽器屋行ったとして、買わないのになにするんだよ、なんて思いながら彼を宥める。久賀が笑った。

「仲良いんだね。妬けちゃうねぇ想羅ちゃん」

「なにに妬くの。あ、六華ひょっとしてもっとあたしと仲良くしたいとか?」

「ふふ、そうだね、仲良くしよー」

 久賀の言葉にうっかり期待したものの、容赦なく叩き落とされる。くそう、なんだこの女子の壁。八つ当たりに、月島がいつの間にか装着していたイヤフォンを剥ぎ取る。睨まれた。だってそういうのって空気悪くなるんだよ!

 俺らのやりとりに水瀬は苦笑する。そういえば、と久賀が声を上げた。

「月島くんって、イヤフォンとかヘッドフォンとか詳しい?」

「……それなりだと思うけど。なんで」

 話しかけられたことに驚いたのか、ほんの少し目を見開いて月島は応じる。久賀がぱっと顔を輝かせた。っておい。

「いや実はね、放送部に個人的に頼まれてたんだけど、音の良いヘッドフォンだと値段ってどれくらいになるのかな。備品買い足しのときにちょっと融通して欲しいらしくて」

「……音良いってのもいろいろあるし、ピンキリだと思う」

 用途はなにかだとかこのメーカーのは割と安価だとか月島は少し考えながら答えていく。久賀は熱心に手帳にメモしたりしていて、あれ、あれ、なんだこれ。ていうかそもそも放送部のこととか聞いてないし俺、あれ。言いようのない切なさについ視線が下がる。水瀬が笑いを堪えようと必死そうだった。堪えようとしてくれるのはありがたいけど、堪え切れてねぇよ、逆に傷つくよ。ケーキと紅茶を運んできたウェイターが気遣うような視線をくれた。うん、なんかごめんなさい、ありがとう。

「そっかぁ、ありがと月島くん。参考にするよ」

 とどめとばかりの久賀が最っ高に良い笑顔を月島に送る。もう彼を睨まざるを得ない。不可抗力だというように、彼は困ったような顔を返してくる。とうとう水瀬が吹き出した。久賀が目を丸くする。

「想羅ちゃん?」

「あ、いや、ごめ……!」

 堪えていたものが溢れて止まらないというように彼女はくつくつと笑い続ける。それはそれでなんとなく傷つくのだが。けれどそれにつられたように久賀も笑みを零す。それだけで、まあいいかなんて思えてしまうのだから我ながら現金なものだ。視界の端で月島がため息を吐くのが分かった。その仕草に随分距離が近くなったことを感じて、妙な一体感すら覚える。それがなんとなく心地よくて、不恰好だった関係が随分綺麗な形になるものだと思った。

 文化祭が終わって、きっとお互い疎遠になって、そのうち忘れてしまうものだと思っていた。けれどそう簡単にはできていないらしい。ならばすれ違うときに会釈を交わすような、そんな頼りない縁でも構わないから、細く長く、繋がっていけたらいいと、思う。


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