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04 photograph

 近ごろ随分寒くなった。今日はまだ暖かいから良いが、そろそろ防寒着が必要かなと考えながら、水瀬想羅は制服の袖を目一杯伸ばした。

 前代未聞の四校合同文化祭を終え、二週間。11月に入って突如かけられた召集に応じて、想羅は椿之宮学園を訪れた。もとはといえば件のお祭りは、椿之宮が創立100周年とかで、盛大にやろうとなったのが始まりだと生徒会長たちは言っていた。創立100年いえど増改築を繰り返している椿之宮は、さして古い校舎には見えない。

「想羅ちゃん!」

 校舎前でひらりと手を振る影に、想羅は同じ仕草で応じた。

「六華、久しぶり。早いね」

「ホームグラウンドだからね」

 想羅ちゃんはお客さまだし、と笑う久賀六華に、肩を竦める。多少暖かいいえど、もう初冬だ。寒い中に友人を待たせるのは、やっぱり悪い気がしてならない。見透かしているのか、六華は今日はちょっとあったかくて良かったね、と笑いながら、想羅を校舎内へと導く。

「今日はねえ、生徒会室じゃなくて会議室だって。こないだの打ち上げ、生徒会室じゃ狭かったでしょ?」

 早瀬会長が借りてくれたんだよね、と続ける六華に、想羅は顔をしかめた。椿之宮学園の生徒会長は、どうも買ってでも苦労をしようとする節がある。受験生のはずなのに。六華も、余裕ですなあ、なんて言ってはいるものの、もう慣れた様子だ。まあ、椿之宮学園といえば幼等部から大学部まで、学科も多数なマンモス校だから、内部受験事情とか、いろいろあるのかもしれないけれど。

「文化祭の写真の交換会って聞いたんだけど」

「そうだね」

「写真班とかいたっけ? 自分たちが回るので一杯いっぱいで、写真撮った記憶あんまりないんだけど」

 文化祭では当然大規模な実行委員会が組織され、想羅はその中でも生徒会を補佐する役員だったので、おおよそ組織の全貌は知っていたが、確認の意図を込めて問う。椿之宮学園生徒会副会長の六華はその問いに、わたしも詳しくは知らないんだけど、と苦笑いで応じた。

「なんかね、普通に友達同士で撮ったのとか、先生が撮ったのとかかき集めたんだって。七雲とか巡璃さんが中心になって」

「ああ、なるほど。二人とも顔広いもんね」

「あ、あと、なんか特別な当てもあるとか、会長言ってたかも」

 想羅は眉をひそめて特別な当て、と反芻する。随分と曖昧な言い回しだ。

 廊下の一番奥まで来て、六華はここです、と扉を示した。学校らしくない観音開きの立派な扉に、校長室の間違いじゃなかろうかとぼんやり思う。

 六華がドアノブに手を掛ける。鍵は既に開いているらしく、するりと、見た目の割に軽やかに扉が開いたその先は、広々とした部屋と、パーカーの、後ろ姿。咄嗟にテンションの高い金髪を連想したけど、でも彼とは身にまとう色の彩度が明らかに違う。椿之宮の制服ではないし、そもそも制服というよりは、私服のような。

 ばっちり、目が会う。そうしてぼんやり瞳は泳いで、ぐるりと、想羅と六華をその周りの風景ごと眺める。変な、雰囲気の人。ていうか。

「……誰?」

 ぱっと口を開いた想羅より早く、目の前の彼が言う。想羅の言葉を代弁したみたいに。丁度言葉を飲み込んでしまって、削がれた勢いのままに、こっちの台詞なんだけど、と弱々しく応じる。

 横目に六華の様子を伺ってみる。彼女も見覚えはないようで何度もぱちぱちと目を瞬いて、そしてなにかに目を留めて、あ、と呟いた。想羅も六華の視線の先を追って、その黒い塊に気づく。見るからに構造の複雑そうな、大きなカメラ。あ、と、想羅も思考が追いつく。

「じゃあ、会長の言ってた当てって、」

「あれ、水瀬に六華さん、早いな」

 背後からかけられた聞き慣れた声に、想羅と六華はぱっと振り返る。段ボール一箱分の写真を抱えた想羅の高校の生徒会長・佐橋昴と、片やクリアファイルやらA4のコピー用紙やらUSBメモリやらをがちゃがちゃ抱えた、椿之宮学園の生徒会長・早瀬十夜。先日の文化祭の首謀者の二人、あるいは今日召集をかけた二人とも言える。

 呆然とする想羅と六華に昴は一度ゆっくり瞬いて、どうした、と伺ってくる。

 なんと言うべきかなあと考えながら、結局、困ったままに会議室の中の彼を指さして、言った。

「不審者です」

 きょとんとする十夜に、六華はふいとカメラの少年を見て、その視線に気づいた彼も首を傾げる。いち早く状況を理解したらしい昴は、あー、と長く息を吐いた。

 

 暴れ馬が会議室の扉を蹴破った。のかと思った。

「やっほー皆の衆!」

「集まってるかー!?」

 びくりと身を固めた想羅も、その見知った顔にため息をつく。

「巡璃、拉流、うるさい」

 まったく昴の言うとおりである。真っ先に飛び込んできた片倉巡璃に牧田拉流はもちろん、その後ろで担ぎ上げられてる少年も、ぎゃいのぎゃいのと。

「篠崎いいい降ろせって言ってるだろ!」

 月島踏夜は長い前髪をぼさぼさにしたまま、彼を担ぎ上げている篠崎七雲の背をばしばしと叩く。七雲の方はどこ吹く風という感じで、月島って身長の割に軽いよなあなんて呑気に言っている。変なバランスだが、なんだかんだ仲が良いようだから不思議だ。

「お前ちゃんと食ってんの?」

「食ってるよ!」

「どうせ食パンとかだろー、カロリー高いもん食おうぜ」

 先回りしたような七雲の言葉に踏夜が唸る。やんやと言い合う彼らを会議室に押し込んで、六華の妹の久賀九音がばたんと扉を閉めた。その時、お得意の憎まれ口でも叩いたのだろう、またも踏夜が吠える。九音の方も楽しげだから、まあ、良いのだろうか。

 先日特別にバンドを組んだ五人は多分誘い合わせて、誘いに乗らなそうな人たちを迎えに行ったのだろう。

 楽しげに笑っていた巡璃がふっとこちらに視線を投げ、目を丸くした。

「てか、えっ、まって懐かしい顔がいるんだけど!」

 視線の先にいるのは、重たそうなカメラをいじる、件の少年だ。彼も巡璃に気づいて、やっほーめぐさん、とひらりと手を振った。無表情に。

「あ、じゃあやっぱり巡璃さんも知ってるんですね」

 六華の言葉に、巡璃はがくがくと首を上下に振る。それから彼に飛びついて、びよーんと、ほっぺたを引っ張ってみたり。引っ張られる方は、やっぱり表情が崩れないから、なんとなく奇妙な光景だ。

 バンドメンバーは巡璃以外、彼の存在に心当たりがないらしい。想羅や六華もついさっき紹介を受けたのだから、まあ不思議はないのだが。

「何度も悪いな、遊歩。自己紹介してやってくれ」

 一番付き合いが長いと言っていた十夜が促すと、彼はほーい、と巡璃の手をなんとかふりほどいて、ぴんと背筋を伸ばした。

「路種遊歩でーす。とーやの幼なじみってやつで、すばるとかめぐさんとかとは、おなちゅー、ってやつです。今は南都高校通ってます」

 ゆるりと、路種遊歩は敬礼してみせた。そのあんまりにも気の抜ける動きに一同は受け流しかけたが、はっとしたように九音が叫んだ。

「南都!?」

「って確か、めっちゃ頭良いとこだよな!?」

「そんなレベルじゃねーよ! 偏差値70近いんじゃなかったか!?」

 そう、想羅たちが目を剥いたのもそこだ。正確には九音と同じように叫んだのは六華のみで、昨年このあたりに越してきた想羅はよく分からなかったが、南都高校といえばこのあたりじゃ有数の名門校らしい。曰く、昴がぎりぎり入れるかどうかだと。この、南都は化け物の巣窟だから、なんて言う、飄々とした少年が。

「つまり、遊歩も割と化け物だ」

「俺、あいつらみたいに勉強だいすきじゃないから。俺は違うから」

 勉強が好きじゃないのに名門校にいける方がよほど化け物だと思うのだが。ぼそりと零せば、六華も苦笑いして頷いた。

「あっ、てことは、遊歩、文化祭来てたの? で写真撮ってたの!?」

「おうともー。めぐさん、あのね、めぐさんの勇姿もばっちり」  どことなく誇らしげな遊歩に巡璃は楽しげに彼の頭をなで回している。犬かなにかだと思っているのだろうか。

 それにしても、と部屋の時計を探す。そろそろ集合時間のはずだが、数人足りない。

 丁度想羅の思考を狙い澄ましたみたいに、乱暴に扉が開いた。重役出勤してきたのは、まさに重役然と歩く伊集院二月・三月。そっくりな容姿の双子の背を急かすように押す小柄な影は、息を合わせてくるりとその背を翻されて、躓きがちに転がり出る。

「二月ちゃんと三月ちゃん、連れてこれました!」

 意気揚々と報告する嶋本風和に苦笑しつつ、横目に昴を伺う。ああ、自分のことみたいに嬉しそうな顔しちゃって。両片思いなんだから、さっさとくっつけばいいのに。

 不器用に父親のように風和を褒める昴、なんて微笑ましいような焦れったいような光景をよそに、うわ、と九音が実に苦々しい声を上げた。げえ、なんて、拉流の心底嫌そうな声が続く。

「なにしに来やがったバカイル」

「ていうか海瑠呼んでないけど」

 昴が黒ずくめの長身に眉を寄せた。外国人然とした青い瞳をにっこり笑ませて、拉流の兄・牧田海瑠は答える。

「呼ばれてないけど」

「毎度のごとくー!」

「わたしたちが呼びました」

 海瑠の言葉を引き継いだのは、順に三月と二月だった。トラブルメーカートリオとでも呼ぼうか。迷惑トリオでもいい、大して意味は変わらないから。余計な仕事を増やすなと、九音が肩を落とした。

 そんな九音など気に掛けず、三月がふっと遊歩に目を留める。もう一度自己紹介かな、と思った矢先、ひらりと彼女は遊歩に手を振った。

「ゆーほさん、久しぶりー!」

 ぱちぱちと二度、瞬く。三月だけでなく二月も知ったように軽く手を振って見せていた。遊歩もおお、と声を上げる。

「えーっと、平等院?」

「伊集院です」

「それ」

「ほんとゆーほさん名前覚えんの下手だよねー」

 からから笑う三月たちに、六華は想羅以上に何度も瞬きながら、知り合いなの、訊ねた。二月と三月は一瞬遊歩をちらりと見て、にこりと笑った。

「企業秘密ってことで」

 この二人と関わっていたら聞き慣れる言葉に、一同はそれぞれに顔を見合わせた。遊歩はというと、ぴったり揃った二人の声に、、双子の神秘、だなんて感心している。無表情に。少し見ていて気付いたが、遊歩は無表情だけど、なんとなく感情は分かりやすい。不思議だ。

 あ、じゃあ、と、七雲が空気を変えるように挙手した。

「牧田さんとか、嶋本さんは知ってるんすか? 路種さんのこと」

 風和が小さく首を振る。昴から簡単な説明が入るだろうと予測をつけて海瑠の方を見やれば、海瑠は知ってるよ、と応じていた。

「文化祭、四日目だったかな? ガールハントしてたら声をかけられてさ、」

 ほう、と想羅は息を吸った。女の子に声をかけまくる黒ずくめののっぽ、ぱっと見海瑠は不審者なのだ。そんな彼に警告を呼びかけようとは、遊歩は案外しっかりしているらしい。

「意気投合したんだ」

「あの子、美脚で良かったよね」

 続いた言葉と遊歩の応答に、想羅は思考停止した。そうしてみるみる、先ほどの感心を撤回していく。

「僕としては髪長いのが得点高くて」

「くるぶしが良かった」

 なおもつむじがどうとかふくらはぎからのラインがどうとか熱く語り始める二人に、ようやく事態を理解した十夜がはっと呟いた。

「この二人近づけたら危険なやつか」

 しばらく遊歩が風和に距離を置かれていたのはもう仕方のないことだと思う。

 

 生徒会長たちの声掛けで、写真交換会はあっさりと始まった。

 元来この会は、卒業アルバムなどで文化祭の写真を使いたい場合、四校で共有の写真もあった方が良いのではないかという提案から、少々オーバーになって、できるだけ集めた写真を楽しみながら焼き増しなりデータ共有なりしようと開かれた。

 昴と十夜と、実は早い時間には七雲も駆り出されて、写真の現像にナンバリングをしておいてくれたらしい。七雲は律儀にバンドメンバーの待ち合わせ時間になったら学校を出たらしいが。

 ちなみに、カメラが趣味だと自他共に認めている遊歩は、ネガからの現像が一番好きだとのことで、写真はすべて一点ものらしい。それにしては、かなりの量である。その現像の過程にどれほどかかるのか、素人の想羅には計り知れないが、少なくともプリンターでいっぺんに、という訳にはいくまい。ありがたいと思う反面、どうしてよその文化祭にそこまで時間を割けるのか、やはり遊歩はわからない人である。

 とにかく、写真を机一杯に広げて、各自思い思いにL判紙を覗き込み始めた。もちろん、にぎやかに。

 

 たとえば。

「うわあ! これ! なにこれ!?」

 一枚の写真を放り投げつつ、七雲が悲鳴を上げた。ぱっと顔を上げた巡璃が舞い落ちる写真を目で追い、ぱたりと落ちたそれを拾い上げる。ああ、と零す巡璃の横から昴からひょいと覗きこむ。

「これあのときのか。えー遊歩いたんだ! これよく撮れてるね」

「おお、こんなにはっきり写るものなんだな」

「え、なんで先輩たちそんな冷静なんすか、だって、だってこれ!」

 真っ青になって写真を指差す七雲に、巡璃と昴は苦笑いした。気付いた遊歩が声をかける。

「心霊写真?」

「そうそう。ほら、白山高校のお化け屋敷の出口でばったりお前とあったやつ」

「それね、自信作」

 誇らしげに言う遊歩に昴が苦い顔をする。

「巡璃も七雲も気づいてなかっただろうけど、こいつお化け屋敷から出てきた俺を見つけた途端シャッター切りやがってさ。なんで撮ったって言ったら、こいつなんて答えたと思う?」

 昴の問いに七雲は首を傾げるが、巡璃はあー、読めた、と笑う。

「カメラで撮った、でしょ」

「えっツールの話? 理由じゃなくて!?」

「俺は理由のつもりで訊いたんだけどなあ」

 昴があきれた視線を眼鏡越しに遊歩に向ける。遊歩はというと、あのすばるの顔は押さえとかなきゃと俺の中の誰かが言った、などと訳のわからないことを言っている。

「ていうか、そっか。あのときいたのが遊歩さんだったんすね」

 持ち前のコミュニケーション能力であっという間に遊歩とも打ち解けた七雲が息を吐く。巡璃はというと、初日のトラウマに震える七雲のことを笑うのに必死で、遊歩の姿を目に留めてはいなかったようだ。

「それよりこの写真だよ。この、七雲の後ろの女の子、誰だろうな」

「いた覚えないよねえ。そもそも三人一組で入るお化け屋敷だし」

 逸れた話題をわざわざ戻しつつ、昴と巡璃は写真に写り込んだ不健康そうな少女の正体を思案する。おそらくスタッフのいたずらなのだろうが。ちなみに、と、遊歩がまっすぐ七雲の後ろを指差す。

「その子なら今もざっきーくんの後ろに……」

「ぎゃあああああああ!」

 再び悲鳴を上げて七雲はばたばたと背を叩く。とうとう見咎めて寄ってきた十夜が、楽しげに、しかし無表情に花を飛ばしている遊歩の後頭部をぱこんと叩いた。

「こら、俺の後輩いじめるな」

「ざっきーくん、おもしろい。いいとおもう」

 懲りる様子のない遊歩に、十夜は大きく息を吐いた。

 

 あるいは。

「あっ、久賀先輩久賀先輩」

 軽やかな風和の声に、九音はふっと顔を向けて応じた。満面の笑みで差し出される写真に写っている、のは。

「……!」

 意図せず、というか、風和が存外鋭すぎてしまったために、うっかり共有してしまった九音最大にして最重要のトップシークレット、まあ簡単に言えば想い人である。

 思わず硬直する九音に、風和は大袈裟なくらいに顔を寄せて、耳打ちした。

「路種さんの写真みたいですよ」

 暗に、こっそりあとで譲り受ける提案に、九音はぐっと唸った。写真にはそれは無防備に九音の想い人が写っているし、風和の提案は確かに魅力的なのだが、人より強い正義感が決断を鈍らせるのは、それが明らかに盗撮だからである。

 けれど、と思う。特別な人の特別な写真は、やっぱり欲しい。意を決して息を吸った、とき。

「久賀なに見てーんのっ」

「なんでもない! 牧田うるさい!」

 ひょいと後ろから覗き込まれて、九音はぴんと背筋を伸ばして写真をぱっと手放した。条件反射で貶された拉流は、そんなに、と笑いつつ、なんだかんだ九音のひねくれた言葉を流す。

「あ、嶋本ちゃん嶋本ちゃん、見てこれ。昴の眼鏡オフショット」

 たぶん拉流の目的はこっちだったのだろう。拉流の持つ写真に写り込んだ昴は、クラスの出し物の屋台の中で眼鏡を外して汗を拭っている。熱気で眼鏡が曇ったようだった。ちなみにこれも身内贔屓な遊歩の写真である。

 うわあ、と風和が歓声をあげる。わかりやすく、恋する少女の顔だ。きらきら輝く風和の瞳を見て、九音は表情を緩めていた。それを拉流に突っ込まれて、また仏頂面に戻るのだが。

 

 はたまた。

「これ! これが最高!」

 三月が叩きつけた写真を一瞥して、海瑠はいやこっちもなかなか、と反撃した。間に座った二月がやだ、と上品に笑う。

「佐橋さんったら半目!」

「これ絶対連写のやつだ! オープニングの挨拶連写したやつ!」

「遊歩くんナイスだねえ」

 トラブルメーカー三人衆がけらけら笑いながら厳選するのは、ネタ的な意味でのベストショットである。現在の標的は昴だ。

「これ卒業アルバム行きにしましょ! 水瀬さんに託して」

「おいふざけんなやめろ!」

 悪魔的な二月の提案に、聞きつけた昴本人が青くなった。二月が言うと冗談も妙な説得力を持ってしまうからぞっとする。

「まあまあ昴、そうカッカしないで、可愛い女の子の写真でも眺めてさ」

「お前と一緒にするなよ」

 わざとらしく肩を持つ海瑠を、昴は心底迷惑そうに振り払う。海瑠はあら、と瞬いた。

「いいの? じゃあ僕この写真の子にアタックしてこよっかなー」

 海瑠がひらひらと翻す写真を鬱陶しそうに見ていた昴だったが、その写真に写っている人物を見てぎょっと目を剥いた。

「おいそれ嶋本じゃないか!」

 引き留めようとのばされた手を余裕たっぷりに海瑠はかわして、にやりと笑う。面白がって二月が外から口を出した。

「風和ちゃん可愛いですよねー」

「当たり前だろ!」

 幼なじみ故に海瑠の冗談じゃなさを分かっているからこそ、昴は余裕なしに二月の言葉に応じていた。その傍に風和本人がいることに気づかず。

「えっ」

 風和が零して赤くなる。

「えっ」

 その姿を捉えた昴がかちんと固まった。

 トラブルメーカー三人衆は、悪戯成功とほくそ笑んでハイタッチを交わしている。彼らなりの応援なのだろうが、分かりにくいったらない。

 

 それから。

「あ、月島これ見て、バンドの時の」

 学校の垣根を越えて組まれた特別バンドのライブ写真の束を見つけ、想羅は踏夜に話を振った。が、当人は興味皆無で窓際に座り込み、イヤフォンでじゃかじゃかと音楽を聴いている。想羅は目を据えた。文化祭を通して協調性を身につけたと思ったのだが、協調性とは。つかつかと彼に歩み寄り、その愛用のイヤフォンを耳から引っこ抜いてやる。そのまま断線してしまえ。

 踏夜はびくと体を揺らし、じとりと想羅を見上げた。

「……おい」

「これ」

「なんだよ」

「バンドの写真」

「はあ? 興味ねえし」

 殺伐とした会話に息を吐く。まあ想羅自身、にこやかにコミュニケーションとかは苦手だから、どうしてもいつもこんな感じになってはしまうのだけど。

 そんな二人を見かねたのか、いや多分そんなことは全然気にかけてはいなかったのだろうが、想羅の肩越しに覗き込んできた六華がわ、と声を上げた。

「バンドの時のだ! 月島くんかっこよく撮れてるねえ」

 空気を読まない六華ののほほんとした感想に、想羅も踏夜も思わず瞬いた。そうして、ようやく褒められたことに気づいた踏夜が、ふいと視線を逸らす。

「……どうも」

 ぼそりと零された言葉に、想羅はいよいよ信じられないものを見た気がした。

「……照れてんの?」

 想羅の問いに、踏夜は想羅をぎっと睨み、黙れと圧をかけてくる。けれどもうそんなの慣れっこで、むしろ照れ隠しかと思うと、微笑ましくてならない。

 しかし残念ながらというか、六華の興味はもう他の写真に写っていた。巡璃さんもカッコいいねえ、なんて、そのまま踏夜も巻き込んで会話を進めていく。ふっと少しだけ笑って六華の持つ写真を一瞥し、つい一瞬で真顔になってしまった。

「……巡璃だけめっちゃぶれてるけど」

「そのライブは」

 ぬっと突然現れた撮影者に、六華は小さく悲鳴を上げた。遊歩は気にせずに、写真の解説を続ける。

「なんかみんな生き生きしてるっぽかったから、こう、被写体の躍動感を表現しようと思って」

 遊歩は得意げだが、改めて写真を見て、想羅は唸る。

「躍動感というか」

「ぶれてる」

 ずばりと直接的な言葉で想羅の意見を引き継いで、踏夜が言った。遊歩はそのまますーっと真横に視線をずらし、窓の向こうの遠くを見た。

「……めぐさん、動きすぎるから……」

「あー……」

 端的な理由に、三人は思わず息をぴったり揃えた。

 

 それぞれ会話を楽しみつつ、場所も代わる代わる写真を物色していたが、ふと時計を見上げた巡璃が一際大きな声をあげた。

「あれっ、もうこんな時間?」

 楽しい時間はあっという間とは本当だ。声につられて次々と頭が持ち上げられる。あ、と十夜が慌てて立ち上がった。

「悪い、会議室借りてるの五時までなんだ、撤収して!」

 時間まではもう15分を切っていた。ばたばた、てきぱき、のんびり、各々のペースで広げられた写真を片づけつつ、六華が感慨深げに呟く。

「なんか、お祭りもいよいよおしまいって感じだねえ」

 その言葉の物悲しいような音に、想羅も頷いた。文化祭の準備は初夏からしていたが、もう秋も暮れだ。三年生は受験だってある。いつまでも遊んではいられないよなあ、と生徒会長たちも苦笑いしあった。

「そういえば、海瑠さんは今後どうするの?」

 三月がふっと訊ねた。昨年帰国後、高校に通っていない海瑠の進路については、確かに気になるところではある。

 海瑠はもったいつけるように、さあねえ、と笑った。

「ああでも、また海外に行くのもいいかもなあ」

 冗談めかした返答に、一同はしれっと視線を戻した。唯一二月だけ、あれ、と顔を上げる。

「でもそれだったら、恋人さんはどうするんです?」

 想羅は動きを止めて、つい聞き耳を立てた。海瑠の沈黙が珍しい。思案するような間ののち、彼は表情のない声で囁く。

「僕それ二月ちゃんに言ったっけ」

「あら?」

 楽しげに首を傾げる二月に、想羅はひやりとした。トラブルメーカー三人衆の中でも常に化かし合いなのか、恐ろしい世界だ。

 想羅の戦慄をよそに、拉流があっ、と大声を上げた。

「ていうか俺気づいちゃったんだけど! 全員集合写真なくね!?」

 そういえば、と風和が頷いた。実行委員でも記念撮影はしなかったから、全員が一枚に収まっている写真はない。

「特に、撮る側だった遊歩さんが写ってる写真なんてゼロっすもんね。せっかくだし一緒に撮りましょうよ」

 七雲の提案に、遊歩はきらりと目を輝かせた。こんな顔もするのか。

「自撮り? まかせて、得意」

「えっこの人数全員入れられるんですか」

「やばい、遊歩あたしより自撮り技術高い」

 目を丸くする九音と巡璃に、遊歩は得意げにスマートフォンをポケットから取り出してみせる。写真に関することだからと一通り研究したらしい。

「路種さん、そのカメラってタイマー設定できます?」

 ぱたぱたと片付けに動き回っていた六華が、遊歩の一眼に目を留めて訊ねた。遊歩は取り出したばかりのスマートフォンをさっさとしまって、できるよと応じる。彼女にそのつもりはないのだろうが、一言で遊歩の自撮りを却下したのだから、天然も一周回ると恐ろしいなと六華を見てつくづく思う。たぶん風和にも才能はある。

 苦笑いしながらその光景を眺めていると、背景でそろそろと会議室から出ようとする後ろ姿を見つけた。あ、と声を上げる。

「月島どこ行くの」

 想羅の言葉に、踏夜はげ、と苦い顔をして、急いで扉を引こうとする。残念だけどその扉は押さないと開かない。

「あっ七雲! 踏夜捕まえろ!」

 丁度良く傍にいた七雲に、拉流が叫ぶ。七雲はぱっと踏夜の腕を掴んで、はて、と首を傾げた。

「なんか反射的に捕まえちゃったけどなんだった?」

「七雲ナイス、離さないでね」

 忠犬みたいだなあと思いながら労う。七雲はなんなくやってみせるけど、踏夜はじたばた暴れ回るから、彼を捕まえておくのは案外体力を使う。普段からパシられているから体力が違うのだろう。

 案の定、踏夜はじたばたしながら、離せ、と吠える。すかさず拉流が離すな、と叫べば、彼は困り果ててどうすりゃいいの、と空いている手で顔を覆った。

「あー、二人もっと寄って、えーと、ざっきーくんと……」

 カメラを覗き込んでフレームを確認していた遊歩がぱっと顔を上げて、踏夜を睨んだ。その表情のない目に踏夜はたじっとして、暴れるのをやめる。しばらくして、遊歩はひとつ頷いて、爆弾発言をする。

「つーくん」

「……は、」

「つーくん、って」

 拉流が遊歩の言葉を反芻しながら、首をまわす。視線の先は。

「……月島のこと?」

 思わず沈黙する。だってその呼び名は、踏夜にはあまりにも。

「可愛いじゃん、つーくん」

 あはは、と、六華が笑う。そう、あまりにも可愛すぎるのだ。踏夜も顔を真っ赤にして嬉しくねーしと絶叫している。にやにやとトラブルメーカー三人衆が笑いあっているから、しばらくは格好の悪戯の的だろう。

 名付け親は関係ないとでも言うようにカメラに視線を戻して、さっさと次の指示を出していく。

「すばるはもっとふわちゃんに寄って」

 その言葉に、海瑠たちはいよいよ顔を輝かせた。海瑠はぐいぐいと昴を中央へ押しやり、二月と三月は風和を押しやり。風和に対しては指示されてないけど、まあこの二人に関してはさっきも言ったが、さっさとくっつけばいいのだ。

「じゃあタイマー10秒でいきまーす」

 言って、遊歩はカメラを離れた。ほんのりと走る緊張を、巡璃の声が遮った。

「あれ、ここちゃんなんで後ろにいんの? 写んないよ、海瑠の陰になって」

 カメラの死角で小さくなっていた九音は、巡璃に苦い顔を向けた。言われてはじめて海瑠も気づいたらしい、首を巡らせてにやりと笑う。

「なーに、九音ちゃん積極的じゃん」

「七雲の後ろにすれば良かった失敗した」

「おー、じゃあ久賀ちゃんたち並んでー、俺めぐさんのとなりー」

 ふらふらっと寄ってきた遊歩と巡璃の手によって、九音はあれよあれよと前列に押しやられる。そうして六華と隣同士になったが、なんとなく、お互い背を向けているあたり、わだかまりが深い。でもそういうあたりも妙に息が合っているものだから、外から見てると実は仲良しなのではと思うこともある。

 うわ、と、九音が心底嫌そうな声を上げた。

「やだ牧田さんよらないでください」

 見やれば海瑠は九音が前に押しやられてもなおぐいぐいと九音の背を押していた。ついでに言えばもう片方の手は昴の背を押している。

 海瑠は大仰に傷付いたという素振りでうなだれた。

「九音ちゃんてばひっどいなー、りっかちゃーん、妹ちゃんの代わりに慰めてー」

 理不尽に飛んできた火の粉に、六華はええ、と苦笑いしている。九音みたいに一蹴してくれていいのだけど。女の子が多いと調子に乗るのは彼の悪い癖のようなものだが、そろそろ彼女さんに言いつけてやろうか。先ほど海瑠を黙らせた二月なら、その彼女さんの連絡先すら把握してるかもしれない。あとで交渉してみよう。

 カメラの前ではあるが、一度声が上がれば緊張は解けてしまって、そこかしこで会話は始まる。

「あー月島俯くなよー、カメラ目線カメラ目線!」

 七雲の注意に、踏夜はぎっと彼を睨み上げる。

「別にどこ見てたっていいだろ! てかもう腕離せよ!」

 踏夜が思い切り腕を振りかぶる。あ、と思った。七雲は素直に踏夜の腕を手放したのだ。

 そこからは、まあ、ある意味お約束かもしれない。そもそもこのメンバーでまともな集合写真なんて似合わないし、撮れるわけがないのだ。勢いをそのままに踏夜はふらりと体勢を崩し、隣で彼を逃がすまいと待機していた拉流に思い切り体当たりした。そのさらに隣にいた想羅も若干の被害を被る。六華や巡璃や十夜、手を離した張本人の七雲もびっくりしてこちらを見ていたし、九音はカメラの前でも遠慮なくため息を吐く。その後ろでは遊歩が真顔で裏ピースなんていう女子高生みたいなことをしているし、トラブルメーカー三人衆はそれぞれ昴と風和をぐいぐい押しやっていた。

 うやむやなタイミングで切られたシャッターの音は、もうほとんど聞こえなかった。

 後日、遊歩が一枚一枚現像した写真のなかは、まあ大層賑やかそうなままで、つい笑いがこぼれた。


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